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カズオ・イシグロのわたしを離さないでを読んだよ

謎が解明された時に生命の長さに気がつく

ブログを書くようになって、純文学小説を読まなくなりました。以前は、現実世界からの逃避や、ふっと心を休めるために無性に文学書を読みふけりたい気分になったものです。読まなくなった理由は、自分の心を見つめるばかりで、人の心に関心がなくなったわけではありません。

情報が簡単に取得できる、それが刺激的な情報であったりすれば、刺激が心の悩みを押し出して忘れるからです。検索エンジンが知りたい情報を、即座に教えてくれますし、悩みでごとも誰か分からない人のブログに、心を休めてくれる言葉を見つけることも珍しくありません。

直ぐに答えが出てしまう便利な時代に育つと、人の心の悶々とした動きにも興味がなくなるのかも、自嘲的な気分になります。 時計

テレビのドラマ構成と比較して、う~とうならせた

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』と思わず手にとった理由は、昨年、綾瀬はるか主演でテレビドラマ化されたことと、クローンを題材にしていることに、『イマドキ』を感じたからです。純文学に触れたいという気持ちより、イマドキの話題に触れたい、ノーベル文学賞を受賞した本だからとミーハー的な気持ちもありました。

しかし、この本は文学書で、主人公のキャシーによる一人称の語り口で、話は展開されます。こうしたSF的な小説には、現実感を出すために他のシーンから状況を解説したり、第三者の目で状況を詳細に描いたりするものですが、視点はあくまでもキャシーのものです。

不思議なことに、他の人の視点が入らないだけに、逆に現実的です。もしかしたら、本当にキャシーがいるのかもしれないと、錯覚を起こしました。

先に書いた、TBSのドラマはキャシーに語らせているところと、そうでないところがあります。キャシーの幼なじみのトニーやルースが、気持ちを語るシーンがいくつもあります。

深い悩みは安易に口から出ない

キャシーの悩みは、本では最終章で幼なじみとの三角関係にあったことを明確になりますが、テレビでは速いうちにそれが明かされています。

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キャシーは、三角関係に触れず3人の友情を育てる、ライバルのルースの恋を応援し続ける姿を語ります。三角関係の事実がトニーの口から出ても、キャシーは何も語っていません。後からわかる事実が、私の心に重みを与えるのです。逆にテレビは、今どきの検索エンジンのようにです。

三角関係は、キャシーにはとるに足らない悩みだったからではなく、より深刻だったから語っていなかったのでしょう。現実感を感じる展開ですし、カズオ・イシグロのテクニックに、思わず感心してしまいました。

生まれた意味を知れば知るほど謎が深まる

キャシー目線だからでしょうか?クローンの人間関係の話でありながら、そこには世間の好奇の目も彼らの存在意義や、世間での扱いといった話はありません。それは、恩師によって語られた言葉、たった1シーンのみです。

『世間が彼らをどう見ているのか?』多分この言葉は、物語の核となる部分であり、謎が解かれた時に読まなければ、意味がありません。ネタばれはさせない方が良いでしょう。

キャシーが語る小学校からの生い立ちは、誰もが経験するであろう友情、裏切り、教師へのあこがれ等がちりばめられています。しかし、不可思議なことが、ひとつ、またひとつと増えていきます。少しづつ自分がクローンであることを分かってきても、謎は深まるばかりです。

物語が中盤に入ると、物語の人間関係よりも謎解きに夢中になります。謎といっても、殺人のようなテレビのサスペンスとは違います。最初はこんな謎に夢中になっている彼らを、冷めた目で見ていました。しかし、彼らに与えられた使命を考慮すれば、必死で答えを探し求めることに共感してしまうのです。

長短の違いはあるけど人に与えられた時間は有限ね

現実的にはあり得ないけど、もしかしたら遠い将来そんなことが起きるかもしれない。いや、IPS細胞が発見されていなければ、起きたに違いありません。

限られた命の中でもがくキャシーら姿が、私自身の命もそう長くはないと気がつかずにはいられませんでした。

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