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ナチス時代を生きたユダヤ人神父の壮絶な人生

暮らし、政治、宗教の盛りだくさんの資料で視点がマクロに

ナチス時代を生きたユダヤ人神父の壮絶な人生を描いた、『通訳ダニエル・シュタイン 上・下』を読みました。2007年にボリシャヤ・クニーガ賞を、2008年にドイツのアレクサンドル・メーニ賞を受賞しています。著者はリュドミラ・ウリツカヤは、現在ロシアを代表する小説家です。

ロシアと言えば。。。そうです。あの悲惨な戦争を引き起こしたロシアです。他にも、ロシアの小説家 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさんの『戦争は女の顔をしていない』とか、『亜鉛の少年たち』などの本の紹介をよく新聞で目にしています。やはり、ロシアのこと気にしているのかな?

イスラエルの嘆きの壁

日本人にはわかりにくい世界観

ダニエル・シュタインはユダヤ人で、ナチス時代を奇跡の連続で生き延びた方です。残忍な現場を数多く目にしながらも、戦後は、人に尽くす神父になった方です。実際にモデルとなった方がいて下巻のあとがきによると、ほとんど事実に即した小説と説明されていました。

本音のところ、日本人にはわかりにくい世界観が多く苦労して読みました。

言うまでもないのですがユーラシア大陸は陸続きで多くの国があり、宗教も生活様式も文化も異なる民族が住んでいます。ユダヤ人の迫害は四世紀ごろからで、ロシアやヨーロッパなどにユダヤ人は散らばって住んでいたそうです。島国の単一民族だけでの暮らししか知らない日本とは、かなり違います。

ユダヤ人の迫害は宗教がらみで、ヨーロッパ各地で民族紛争が続けられてきました。ヨーロッパではこうした迫害と虐殺の宗教戦争のことは、周知のことでしょう。ユダヤ人だけでなく民族ごとに階級が分かれていて、ポーランド人なども被害にあったと書かれていました。

さらに、ナチスによる迫害はユダヤ人のみだと考えていました。ナチスはロマや黒人やスラブ民族のことも、劣等人種と考えていたそうです。歴史上は14世紀初頭には、ドイツだけでなくイギリスやフランスでもユダヤ人追放令が出されていました。

この本には、こうしたユダヤ人の苦悩やぼやきが多く占められています。かの有名な、アルベルト・アインシュタインやジークムント・フロイトもユダヤ人であり、多くの優れた方がいるのにというくだりがあり、皮肉な話だと感じました。

小説というより散らばった文献という感じ

文章は小説のように時系列に順序良く、複数の人物どうしの関わり合いが分かりやすく書かれているわけではありません。

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ユダヤ人やダニエル・シュタインにかかわる他の国の人たちの日記や手紙を、次々に紹介し続けていきます。やがて、新聞記事、特定の組織に保存されていた書類、録音記録などが幅広く取り上げられています。まるでドキュメンタリー映画を、見ているようです。このため歴史上のこの愚かしい事実を、広い視点で客観的にとらえることができたのです。

時系列で並べられているわけではなく、登場人物の一覧も記されていないので、手紙が書かれた時代の様子や登場人物の関係が容易に理解できません。しかも、ダニエル・シュタインはユダヤ人であることを隠すために、当初は違う名前で話が進められていて混乱します。正直、こんなにわかりにくい小説がどうして高い評価を得ているのかと、疑問符が頭に浮かんだほどです。

上巻はナチス時代、下巻はイスラエルでのダニエル・シュタインの司祭活動が中心となっています。下巻の方が宗教的な話が多く、発見も多くありました。

下巻に現在のパレスチナ問題の発端が書かれていて、ユダヤ人が被害者としての立場だけでなく、加害者になっている面もきちんと書かれていました。皮肉な運命を背負った悲しい民族なのだと、気持ちが沈みますね。

ユダヤ人としての誇り

ダニエルは戦時中、ドイツ軍の管轄下にあるベラルーシの官憲組織で、区警察署長の通訳をしていました。ユダヤ人であることを隠し続けて、通訳だけの仕事を行っていたならその後に降りかかる危険は避けられたかもしれません。平たく言えば、安泰の地位に居続けることもできたかもしれないのです。

しかし、通訳の仕事を引き受けた際、ダニエルはユダヤ人である自分が官憲と協力すれば、官憲に追われている人を助けることができるかもしれないと考えるのです。そして、実際にゲットーからユダヤ人が脱出することを、促し実行しました。警察署の屋根裏部屋にある倉庫に忍び込み、武器を盗むというスパイ映画さながらの大胆な行動もとっています。

この小説で私が強く感じたことは、ダニエルのユダヤ人としての誇りと正義感でした。

その後、ユダヤ人を助けたせいで拘束されますが、ゲシュタポの司令官がダニエルを救い逃げることができました。ダニエルはイスラエルへ移住し、キリスト教の洗礼を受けハイファで教区司祭になります。

やがてイスラエルの国籍を取得するために、裁判沙汰を起こすのです。歴史上キリスト教徒は、ユダヤ人を迫害してきました。キリスト教に改宗したダニエルが、ユダヤ人が持つべきイスラエルの国籍を手に入れることが難しかったのだと思います。でも、ダニエルはユダヤ人にこだわったのは、やはりユダヤ人としての誇りがあったからです。

遠い国、ウクライナでの悲劇は今も続いています。どんなに痛めつけられても、ウクライナの方はウクライナ人としての誇りは失うことはありません。人の心は、暴力では変えられないってこと、ロシアのあの人はわかっているのかな?

2009年に出版された『通訳ダニエル・シュタイン』は今も旬です。

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