四国香川県讃岐うどんを、地元で人気の手打ちうどんの店つるわより

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高温多湿とコシのあるうどんは、良く似合う

高温多湿の日本の夏には、欠かせないうどん、そうめん、冷麦。なかでも、讃岐うどんは、四国の厳しい気候の中から作られて食べ続けられてきただけあって、夏に良く似合う食べ物です。(※下記のうどんはイメージ画像) 月見うどん

濁りのない味とモチモチ感が魅力

讃岐うどんは、歯ごたえのあるモチモチ感と、つるっとした食感を楽しむもので、麺そのものも美味しいので、あまりごってりしたトッピングは似合いません。

夏の定番の、ざるうどんは、ゆでたあとのうどんを、冷水でもみ洗いをしてざるに盛っただけのものです。その場で生姜を大胆に沢山すり、刻みネギと一緒に食べるのが何ともいえずに美味しいのです。食欲のない夏に、太いうどんが喉を通る時、爽やかな気分に。

さぬきうどんを通販で食べるなら

麺そのものを楽しむなら、とことん麺づくりにこだわった『つるわ』の麺がおススメ。讃岐うどんに最適な小麦、食塩、つるわの工房近くに湧き出る天然水を使用して、丁寧に麺生地を練り上げています。

そのあと、うどんの『コシ』をだし、四国のうどんならではの『のどごし』を出すために、一晩寝かして熟成させたものをカットしています。

創業28年、代々受け継がれてきた職人の技、地元の人たちから指示を得てきた確かな味が食べられます。

うどん本来の味を味わうために食べ方は、至ってシンプル。ぶっかけ、釜揚げ、ざると、香川の地元の人たちの生活に根付いた食べ方で是非、召し上がってみることをおすすめします。

冬の讃岐うどんの食べ方

でも、冬には欠かせない、ゆでたての熱々の麺を食べる釜揚げうどんは、作り置きのお惣菜を載せてみたり、鍋料理の後に入れてみると、また違った楽しみ方ができます。麺そのものは、洋風和風どんな料理にも合う癖のない味ですので、多彩なオリジナルメニューを作ることができます。

つるわの手打ちうどんの種類

つるわからのうどんの種類は、普通切りうどんと細切りうどんの2種類。たれは、濃縮タイプと、薄めず使えるストレートタイプ。讃岐うどんに合う、出雲の唐辛子は、粉タイプと練りタイプで、粉タイプには、七味、一味、鷹の爪、有機無農薬と揃えてあります。

これらの組み合わせメニューは沢山ありますので、家族や、胃袋に合わせて選ぶことができます。

うどんの歴史を紐解いてみれば

ちなみに、讃岐うどんの歴史は、讃岐出身の弘法大師空海が中国から持ち帰ったのが始まりと伝えられています。空海は延暦804年31歳の時入唐。1年あまり長安に滞在して806年帰国しました。そのとき、持ち帰ったのが「うどん製法」「小麦」「唐菓子」のいずれかであったと言われています。

香川の気候がうどんを作らせた【2017年1月31日加筆】

何故讃岐うどんが人気になったのか、実は今年の初めにNHKのブラタモリで放送されていました。ちょこっとカンニングさせてもらい、讃岐うどんの人気の秘密を、紐解いてみます。

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讃岐うどんが人気になった理由は、香川の気候と地形が、うどん作りに適していたためです。原材料である小麦の生産、うどんのコシを出す塩の生産、製粉を行なうための水車の動力源、日本全国から訪れる観光スポットがあげられます。

小麦の生産に適していた地形

中讃地区と呼ばれる丸亀平野には、土器川と呼ばれる一級河川があります。四国の中央に東西に走る、四国山地、讃岐山脈に遮られて、ほとんど雨が降らない地域であり、香川県の水不足は有名です。土器川の水も、年に200日は瀬切れの状態で、流れていないのが普通だそうです。

源流は、至る所にわき水が流れ出しています。岩が多い川底であるために、水はけが良く、わき水は地中へしみこんでしまいます。

その昔は、雨不足であったために、農作物に困り飢餓状態に悩まされていました。小麦は、雨が少なくても育ちますし、水はけの良い土は、小麦の根腐れから守ってくれます。小麦は、根が呼吸するほどよく育つ植物なのだそうです。

塩の生産に適していた

丸亀より南、瀬戸内海に面したところに、宇多津町がありますが、かつては塩田で栄えていた場所です。瀬戸内海は、遠浅であることと、雨が少ないために塩作りに最も適していました。ちなみに、私もふるさとは、香川なので、子供の頃塩田を見たことがあります。

砂の上に3日間の間、海水を何度もまき、塩を含ませた砂から作ります。雨が降ってしまうと、1からやり直しとなるそうです。

讃岐うどんの特徴である、もちもちっとしたコシは、塩を小麦に入れることでグリテンの生成を助けていたためでした。

讃岐うどんには、3%の塩を入れる決まりがあり、麺をゆでる際にほとんどの塩が溶け出してしまうために、健康上は問題がないそうです。

ブラタモリでは、塩田で作られた塩をなめるシーンもあり、まろやかで角がとれた塩だと解説されていました。

製粉を行なうための動力源

丸亀よりさらに内陸に入り、綾川町滝宮は、平安時代讃岐の中心地であった場所です。学問の神様と言われた菅原道真が、886年から4年間、讃岐の国史として赴任していました。

綾川町滝宮の東側には、綾川が流れています。渓谷の入り口で川幅は狭められて、上流の広い場所から一気に流れてきた水が、大量に集まる場所となっています。しかも、川底は花崗岩で敷き詰められているために、水が地下に染むことがありません。

特に、綾川が曲がって狭いところに集まったたっぷりの水が、水車の動力源とすることができました。

人気に観光スポットがあった

讃岐うどんがこんなにも有名になったのは、金比羅様にあります。ちょうど、高松から金比羅様のある琴平に行く、琴平街道沿いに、綾川町滝宮があったためです。

滝宮は宿場町として栄え、うどん屋さんでうどんを食べることで、讃岐うどんが広まったと言われています。江戸時代、宿屋は6軒であったのに、うどん屋さんは11軒でしたし、狩野休円清信の「金毘羅祭礼図」(屏風一双)には、3軒のうどん屋が描かれていたということです。その人気の度合いが、伺えますよね。

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