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戦時下のブラジルでの日本人の暮らし

移民後は「話が違う」と後悔

海外に移住を決意する理由は様々ですね。会社の業務、ビジネスの新天地開発、異国文化への憧憬、生活スタイルへの同調といったところでしょうか?新天地に対するワクワク感は出発前までの話で、その後は挫折や苦労の繰り返しであることはどんな理由で行ったにしろ共通しています。

葉真中顕著 『灼熱(BRASA)』は、昭和初期に日本からブラジルへ渡った日本人の暮らしの話です。この本の中で、当時の世界状況や日本人の心理状態を垣間見ることができます。小説の時代は世界恐慌後の不況の影が残るころから、第二次世界大戦終了までです。

ブラジル サンパウロ州の田舎の風景

ブラジルの移民が行われた背景

黒船の来航し開国後の日本は、急速に近代国家への道を歩み始めました。その影響で人口は爆発的に増え、平均寿命も江戸時代と比較すると10年ちょっと伸びています。人口が増えても、すべての人が豊かであり続けられませんでした。失業者や生活困窮者も増え続けていったのです。

そこで政府は国内で吸収しきれない労働力を、海外輸出 移民の送出で賄うことにします。明治元年にハワイから始まり、年を追うごとにアルゼンチン、メキシコ、ベル―、ブラジル、パラグアイと送り込んでいました。

中でもブラジルは、1888年奴隷制度が廃止された後は、労働力としてヨーロッパの移民に頼っていたのですが、コーヒー価格が暴落するとヨーロッパから移民が来なくなりました。次に新たな労働力として候補にあがったのが、日本です。

ブラジル移民を希望する日本人の多くは、農家の次男や三男で家督を継げない方たちでした。加えて沖縄人。砂糖の下落と1929年の世界恐慌による不況が、沖縄の人の暮らしを襲い食糧難にします。食べ物に困った挙句、毒もあるといわれている野生のソテツで飢えをしのいだといわれています。『灼熱』の主人公 勇は、「ソテツ地獄」から逃れるためにブラジルへ渡る決意をします。

最初は沖縄から大阪へ、両親とともに引越します。大阪では飢えから解放されたものに、沖縄人への差別に悩まされるのです。飢餓も差別もない暮らしがしたくて、僅か12歳でブラジルへの移民を決めてしまいます。生みの親から離れ、実の親でない夫婦の子供になり「構成家族」として海を渡るのです。

ブラジルの中で日本人だけが暮らす社会

ブラジルのサンパウロ州の各地には、日本人が集まって暮らす「殖民地」と呼ばれる村が複数作られていました。自作農として成功する日本人は一握り、多くは地主から農地を借りて農業を営む人が大半でした。何年働いても農地を所有できない人の暮らしは、貧しく酷いものでした。

自分の農地を所有できない小作と、自作農の人との軋轢は生まれるのは当然のことです。勇は自作農の家の息子 トキオと、親友になります。勇は年齢を重ねるうちに、トキオの優しさは裕福であるがゆえの施しと感じるようになって、二人の関係が少しづつ変わっていくのです。

日本でブラジル移民が開始されたころは、「ブラジルのコーヒー農園で働けば楽に稼いで故郷に錦が飾れる」という宣伝文句で募集をしていました。ところが実際にブラジルに来ると、粗末な住居と低賃金での過酷な労働でした。農園主の中には、奴隷のように扱うことも珍しくなかったと言います。

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戦争が始まって変わっていく

戦争が始まり、敵側に付いたブラジルは都市部では日本人への締め付けは強かったものの、日本人だけが集まって暮らす殖民地への影響は少なかったとありました。

一方、戦争他のために帰国できたのは日本に交換船を使える政府の要人だけで、移民の多くはブラジルに取り残されてしまいました。移民の多くは国に捨てられたと感じ落胆します。こうした人の中に、良からぬ企てをたくらむ人が現れるのです。

いつかは日本に帰国する夢が絶たれた反動で、追い詰められたのでしょうか?夢のブラジルは過酷な生活環境で心を擦り切れさせ、帰国さえも叶わないことがさらに心をボロボロにします。詐欺行為へとつながってしまいます。

勇が暮らす村にも詐欺行為を行っていた男がいて、勇が詐欺を暴いた瞬間、その男は次のように言います。『・・・ずっとあの夢に浸っとればえがったんじゃ・・・』。つらい現実の中では、わずかな光である夢も現実であってほしいと願ってしまうものです。こうした移民の心が、下記のような事件に騙され続けてしまった原因です。

敵性産業

自作農であるトキオの家が作る作物が、敵性産業に利用されるものと村中吹聴して回り、挙句に土地を奪ってしまいます。トキオは村を追われ、都会に引っ越します。勇は敵性産業に手を染めるトキオを改めさせたい一心で、詐欺であることを知らずにこの作戦に加担します。

小作人がポルトガル語を読めない無知であることと、自作農家に対する妬みを利用した巧みな詐欺です。殖民地内では、詐欺であることが気が付かれないまま長い年月が過ぎていきます。

勝ち負け抗争

終戦後、日本が勝ったと触れ回り、正しく敗戦したことを知っている認識派との間で抗争も起こしました。後に「勝ち負け抗争」として多くの文献が残るほど、大掛かりな詐欺事件です。日本人同士が殺し合いも行いました。小説の中では帰国のための交換船に乗るための運賃を、大勢の移民が支払い詐欺師の手に渡りました。

日本人ばかりの殖民地で日本語を話し、日本の作物を育て、日本の歌を歌って暮らしていました。日本の精神を学び、天皇陛下を敬い続けて日本人である強い誇りがありました。戦争に負けたなんて信じたくはなかったのです。日本人としての誇りと、ポルトガル語を読み書きできないことが、詐欺に利用されたのです。

詐欺師の理屈で言えば、所詮帰国はできないのだから「ずっと日本が戦争に勝った夢に浸っていればいい!」と、いうことなのでしょうかね。

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